農業×衛星データ最新事例紹介~生育管理・適地選定・保険・農地管理~
衛星データ利用の一丁目一番地!農業での事例について、宙畑のこれまでの取材記事などを元にまとめました。
現在、日本では農家の高齢化が進み、農家の数が減少傾向。その結果、農家1人あたりの管理する田畑の面積が増えて管理しきれない農地は各地で耕作放棄地となり、食糧自給率の低下に繋がるといった問題が発生しています。
世界に目を向けると、今後も人口は増加傾向で2020年時点で約80億人弱だった人口が2060年には100億人を突破する見込みとなっています(UN,World Population Prospects:The 2017 Revisionより)。
つまり、日本としては食糧確保のために輸入に頼らざるを得ない状況ですが、世界的な食糧需要は増える傾向であるため、この先、私たちの食生活を守ることが困難になる可能性があります。
この課題を解決する一つの手段として、衛星データはどのように役立てられるのか、まとめてみました。
本記事は、すでにある衛星データ利活用事例とこれから生まれるだろう・生まれたら面白いなと思う衛星データ利活用を妄想交えて各産業別に紹介する宙畑連載「現在・未来の衛星データ活用事例」の第2回です。
(1)世界の飲食市場規模予測と農業×衛星データの4つのカテゴリ
冒頭では、農業について、日本国内の食糧自給率という観点で紹介しましたが、輸出という観点でも見ていきます。
世界人口は今後も増加の一途を辿ると予測されていることは先に述べた通りですが、中国やインドの食生活の変化などもあいまって、世界の飲食料市場規模も増加の見込みです。
「世界の飲食料市場規模の推計結果について(農林水産省)」によれば、2030年の飲食料市場規模は、1,360兆円で、2015年の890兆円の1.5倍に拡大。地域別に見ると、人口と1人当たりGDPの伸びが大きいアジアは、420兆円から800兆円と1.9倍に増加し、北米は220兆円から280兆円と1.3倍に、ヨーロッパは210兆円から240兆円と1.1倍に各々増加するとあります。
世界の飲食料市場の中で、日本のシェアは2018年の時点で1〜2%程度(1兆円弱)となっています。今後、世界の市場が伸びていく中で輸出額をいかに増やしていくのかが日本にとって重要なポイントです。
国内の食糧自給率の維持・向上と海外への輸出額の拡大、この2つの目標を達成するためには、より付加価値の高い農作物を、効率的に、多く生産する方法を見出していく必要があります。そこで期待されるのが本記事のメインテーマである衛星データ他、IoTや自動運転農機などを用いたスマート農業です。
今回、「農業×衛星データ」の事例を以下4つのカテゴリに分けて、紹介します。
①生育管理×衛星データ
収穫時期や病害など農作物の生育状況について、人が定期的に見回りに行かずに衛星データを用いて把握できる、また、そのノウハウを継承する事例
②栽培適地探し×衛星データ
特定の農作物の栽培に適した土地を、衛星データから探索する事例
③保険×衛星データ
衛星データを用いて、自然災害時に損害を受けた農家に保険金の支払いを迅速に行うことを可能にした事例
④農地管理×衛星データ
各農地が適切に管理・運用されているかを定期的なパトロールを行わずに衛星データを用いて、把握できる事例
では、農業×衛星データについてそれぞれのカテゴリごとに、利活用事例を紹介します。
(2)生育管理×衛星データ
農業における衛星データ活用の事例として、現時点で最も事例が蓄積されているのはこのカテゴリです。
生育管理×衛星データをさらに細かく分けると以下3つになります。
1.栽培適時の判断
2.病害の検知
3.ベテラン農家のノウハウ継承
ひとつずつ事例と合わせて見ていきましょう。
1.栽培適時の判断
稲作では、適切な収穫時期の見極めがとても重要です。
収穫時期は早すぎても遅すぎても、米の品質が落ちてしまうため、一等米として収穫できる期間は11日間ほどです。
良い品質の米を生産するためには、定期的に見回りをして、各水田ごとに適切な収穫時期を見極める必要がありますが、日本では農家の高齢化が進み、農家1人あたりの管理面積が増える傾向にあり、年々見回りが困難な状況になっています。
適切な頻度で見回りができなくなると、適切な収穫時期の見極めが難しくなり、米の品質が低下し、収入に直結します。
そこで、衛星データを用いて、宇宙から稲の生育状況を管理するという手法が各地で実用化され始めています。
「青天の霹靂」に聞く!衛星データを用いた広大な稲作地帯の収穫時期予測
宙畑が取材をさせていただいたブランド米「青天の霹靂」における衛星データ活用事例では、収穫した米が一等米に格付けされる比率が上がり、平成30年産「青天の霹靂」の99.2 %(一等米の全国平均が81.0 %)が一等米に格付けされているとのことでした。
青天の霹靂の事例では、収穫時期の予測だけでなく、タンパク質含有量の確認や土壌の肥沃度推定にも衛星データが活用されています。
2.病害の検知
続いては、病害の検知です。農作物の生育において、病害は一番の天敵と言っても過言ではないでしょう。病害が発生してしまった農作物は出荷ができないのはもちろんのこと、病気の種類によっては数年間その土地で農作物が育てられなくなってしまうということもあります。そのため、病害を早期に検知し、影響を最小限に抑えることは農家の方にとっての重要な仕事のひとつです。
例えば、フィリピンで育てられるバナナの農家を悩ませるのが新パナマ病という病害です。一度病気にかかると周辺のバナナの木10本程度にも影響を及ぼし、3年間はその土地でのバナナの木を育てることはできなくなってしまうそうです。その被害額はフィリピン全体で年間数百億円とも言われており、早期検知が喫緊の課題となっています。
バナナ農園はとても大規模なため、人による定期的なパトロールでは間に合わない上に、初期症状の検知は人の目ではなかなか判別がつかないようです。
そこで、衛星やドローンに搭載した特定の波長を観測するセンサを用いて、病害を早期に検知する取り組みが進んでいます。
光の波長って何? なぜ人工衛星は人間の目に見えないものが見えるのか
赤外線カメラのように、特定の波長を捉えるセンサを用いることで、人間の目には見えない病害の初期症状を発見することができます。
センサを衛星やドローンに搭載し、大規模農園を定期的に監視し、病害の早期検知につなげています。
病害の早期検知は、農場の生産量を安定させる観点でとても重要な課題です。現時点では衛星データを用いた事例は少ないですが、今後活用が進むことが期待されます。
【ドローンを用いた病害検知の活用事例】
「サービスに自信があるのは、”これ”をやったから」あらゆる産業課題を空から解決するスカイマティクス社、社会実装までの道のり
3.ベテラン農家のノウハウ継承
生育管理×衛星データの最後に紹介する事例はベテラン農家のノウハウの継承です。
サービス業の場合は、短い期間にトライ&エラーを繰り返すことで、新規参入した人でも徐々に知見を得て、早い段階で成果をあげることができます。一方、農業の場合、作付けができる季節が決まっていることが多いため、トライ&エラーの頻度は1年に1回という場合がほとんどです。新しく農業を始めた若手農家がベテラン農家のように判断できるようになるには、長い時間が必要となります。
しかし、ビジネスとして考えると、知見を得るために長い時間は待っていられないというのも事実です。そこで、衛星データを始めとする様々なデータを収集し、同時期のベテラン農家の追肥などの作業データも集めることで、ベテラン農家の技術を可視化し、経験の浅い農家でも農業を行うことができる取り組みも進んでいます。
「結果が出なかった時期も、駄目だなとは全然思わなかった。」海外のトマト栽培を変えるカゴメxNECの新規事業に迫る!
宙畑が取材をさせていただいたカゴメ社とNEC社のトマト栽培における衛星データ活用の取り組みでは、ベテランの農家に密着し、こういう畑の状態の時にこういう作業を行うというデータを蓄積してAIに学習させることで、衛星データなどのデータから作業の提案を行う事が可能となり、ベテラン農家の技術を継承する営農システムの開発に成功しています。
上の画像は左側が営農システムを用いずに育てたトマト、右側が営農システムを用いて育てたトマト。右側のトマトが赤く実っている果実の数が多いと一目で分かります。
ベテラン農家のノウハウがシステム化され新規参入や大規模農場化のハードルが下がると、新たに農家になりたいという人が増えるという好循環が生まれ、耕作放棄地の増加という課題解決にもつながるかもしれません。
(3)栽培適地探し×衛星データ
農作物はその種類ごとに栽培に適した土地が異なります。宙畑が取材を行った漢方の原料となる生薬の栽培についてもその土地に様々な条件がありました。
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例えば、様々な漢方薬の原料となっているトウキの栽培では、乾燥させる工程があります。湿度が高すぎる地域では、乾燥器が必要となる場合もあるそうです。
群馬県は、からっ風と呼ばれる乾燥した風が強く吹く地域で、乾燥しやすく、トウキ栽培には適した場所として知られています。
栽培適地を見つけることは、生産量が上がるだけでなく、コスト削減にもつながるということになります。すでに栽培適地探し×衛星データでサービスを展開しているのが株式会社天地人です。
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現在、天地人は衛星データをはじめとする様々なデータをもとに、土地の価値について解析・可視化するプラットフォーム「天地人コンパス」を開発し、農業に限らず様々な産業で土地の評価を行っています。
特定の農作物の栽培適地を知りたいというニーズは、特定の農作物の生産・販売を行う企業や、自社農園を保有する加工食品企業が持っているもので、決まった土地で農業を行う一般的な農家向けのサービスではありません。
しかし、今後、環境データと様々な農作物の栽培適地の関係が明らかになっていくことで、土地に対して適した農作物が分かるようになってくることが期待されます。
そうなれば、自分の土地を持っている一般的な農家にも役に立つサービスになるかもしれません。
(4)保険×衛星データ
保険×衛星データについては、海外における衛星データの利活用事例を紹介します。
農家にとって、自然災害は大きな悩みの種です。農作物が自然災害により被害を受け出荷できなくなれば、売上の減少に直結します。
地球温暖化などの影響により、自然災害の高頻度化、激甚化が進む中で、自然災害による売上減少リスクは大きな課題となっています。
そこで、自分の農地が特定の天候条件(干ばつ、水害など)に合致した場合に、実際の損害額の調査無しで保険金が支払われる「天候インデックス保険」の開発が進んでいます。
例えば、損害保険ジャパン社が開発する天候インデックス保険では、タイやミャンマーの農家向けに、衛星データを使って干ばつや洪水が起きたことが推測される場合に保険金を支払う商品となっています。
他にも、2021年にはタイのサトウキビ農家向け天候インデックス保険の販売が開始されるなど農家それぞれの悩みに合わせた新商品の開発が進むと考えられます。
【業界初】タイのサトウキビ農家向け「天候インデックス保険」販売開始~丸紅株式会社、Produ
最近では、2022年2月に東京海上グループが、自然災害等で観測された指標(インデックス)に基づき定額の保険金を支払う保険(インデックス保険)の開発を海外グループ会社で進めることが発表されていました。
海外で活かされる日本の知見、東京海上グループが衛星データを活用した保険の高度化と海外展開を発表
(5)農地管理x衛星データ
最後に紹介するのは、農地管理における衛星データの活用事例です。
冒頭で述べたように、現在日本において耕作放棄地の管理が多くの地方自治体にとって悩みの種になっています。
「こんなことできたらいいな」に取り組んでいる人がいた! 神戸市が取り組む農地管理の最先端
現在、日本全国で500万ほどの農地が耕作されていません。この数値は全国の農家の約10%にあたります。耕作放棄地の数が多い都道府県では、4枚に1枚が耕作放棄地とも言われているそう。1市町村あたり、平均2万件の農地を数十人の農業委員会の方が目視で調査するため、全く調査が追いついていないとのこと。
そこで、農地調査を行わずに、耕作放棄地の場所や農地の管理状況を効率的に把握する方法が求められているというわけです。
この課題に対して衛星データを活用した耕作放棄地の発見ツールを開発するのがサグリ株式会社です。
サグリ株式会社では、衛星データから耕作放棄地を発見するアルゴリズムの作成を行っています。
耕作放棄地候補が自動的に洗い出されることで、農地を調査をする最適なルートも考えやすくなり、農地管理の効率化に繋がるというわけです。
(6)まとめ
以上、農業×衛星データの事例について、すでにある事例、これから生まれるだろう事例を妄想交えて紹介しました。
世界的な人口増加による食糧不足への懸念、日本では高齢化による跡継ぎ不足と耕作放棄地の増加……と、現代の農業において様々な課題が同時多発的に発生しています。
これらの課題に対して、マクロな視点で農地を管理できる衛星データの利活用は今後もさらに拡大すると期待されます。
また、本記事で紹介した事例はあくまで、現時点で宙畑編集部が見えているもの。衛星データの認知や利活用方法の検討はまだまだ伸びしろがあり、今後も新しい利活用事例がどんどん生まれてくるでしょう。
これからどのような衛星データ利活用事例が生まれるのか、とても楽しみですね。