ハイパースペクトルセンサとは~仕組み、用途、代表的なセンサ~日本の技術力が集結したHISUIの凄さに迫る!
光学、SARに次ぐ第三のセンサ?世界でも注目のハイパースペクトルセンサについてご紹介します!
近年、数多くの地球観測衛星が打ち上げられ、地球の様々な場所の観測データが取得されています。
衛星が搭載しているセンサの多くは「光学センサ」と呼ばれるカメラで、携帯電話のカメラのように赤青緑などの色を検出してカラー画像として表現しています。この「光学センサ」の進化系として注目されているのが「ハイパースペクトルセンサ」です。
本記事では、各国の政府機関やスタートアップが開発を進める「ハイパースペクトルセンサ」の詳細についてご紹介します!
執筆にあたり、ハイパースペクトルセンサのプロフェッショナル、一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構の立川様、 武田様、谷井様、鹿志村様、毛利様にご協力いただきました!
【目次】
(1)ハイパースペクトルセンサとは
(2)メリット・デメリット
(3)利用用途
(4)代表的なセンサ
(5)日本のハイパースペクトルセンサHISUI
(1)ハイパースペクトルセンサとは
ハイパースペクトルセンサとは
ハイパースペクトルセンサとは、「ハイパー=超越した」「スペクトル=波長」という名前の通り、波長に強みを持つセンサです。
通常の光学センサ(マルチスペクトルセンサと言います。「マルチ=複数の」「スペクトル=波長」ですね。)では、私たちの目で見える範囲である青から赤までの可視領域と赤外領域の波長を3個~10個程度に分けて、光の強さを観測しています。
ハイパースペクトルセンサでは同じ領域やさらに広い領域を数10個~300個にまで細かく分けて観測を行うことで、より詳細に地表面の様子を捉えようというセンサです。
ハイパースペクトルセンサの仕組み
ハイパースペクトルセンサでは、なぜ通常の光学センサよりも桁違いに細かく分けた波長を観測ができるのでしょうか。その秘密は波長を分ける仕組みにあります。
通常の光学センサ(マルチスペクトルセンサ)の場合、分ける波長の分だけ受光素子(光を検出する素子)が搭載されていて、素子毎にその波長だけを通過させるフィルタをかけておくことで、所定の波長ごとの観測を実現しています。
これに対し、ハイパースペクトルセンサは入ってきた光を、プリズムなどで分光させたものを観測するため、連続した波長を細かく観測することができるのです。
(2)ハイパースペクトルセンサのメリット・デメリット
ハイパースペクトルセンサは通常のセンサと比べてどんなところが優れているのか、逆に難しいところは何かを説明します。
ハイパースペクトルセンサのメリット
まずはハイパースペクトルセンサのメリットから紹介します。
・物体の識別能力が高い
ハイパースペクトルセンサのメリットはなんといっても、①観測波長の広さ、②波長幅の細かさ、③波長の連続性です。
植物や岩石などの物体は、固有の波長特性(どの波長で強く反応するか)を持っています。マルチスペクトルセンサの場合、限られた波長のデータからどの物体の波長特性に近いかを見極め、これは小麦だ!などと物体を識別していきます。
ハイパースペクトルセンサの場合、波長特性を連続して細かく見ることができるため、より詳細な情報から物体識別を行うことができます。
下のグラフは、ハイパースペクトルセンサで観測した小麦とケシの波長特性(反射スペクトル)を並べたものです。緑で塗られた枠がマルチスペクトルセンサで観測している領域です。
小麦とケシの波長特性は似ていますが、わずかに挙動が異なります。マルチスペクトルセンサでは識別できない領域での差も、ハイパースペクトルセンサでは明らかにすることができます。
さらに、波長を連続して見ているので、どの波長で急激に値が変化したかのわずかな違いをスペクトルの微分処理を行うことで、把握することができます。
植物では赤~近赤外の波長域(650-800nm)で、値が立ち上がる特徴があり、そのわずかな違いで作物を識別することができるので、そういった用途にハイパースペクトルセンサは有効です。
・用途が無限大
通常の光学センサ(マルチスペクトル)では、限られた波長の中で、それらを組み合わせることで、植生指数(植物がどの程度元気か)や積雪など、対象物を観測しています。(詳しくは、課題に応じて変幻自在? 衛星データをブレンドして見えるモノ・コト #マンガでわかる衛星データを参照してください)
ハイパースペクトルセンサになると、観測している波長がさらに多くなるので、さらに多くの組み合わせ方が考えられ、これまでは観測が難しかったものも見えるようになるかもしれません。
ハイパースペクトルセンサのデメリット
一方で、ハイパースペクトルセンサならではの大変なこともいくつかあります。
・センサが大がかりで高価になる
一つは、センサの開発自体が技術的に難しいということです。
仕組みの章でご紹介した通り、各波長だけを通すフィルタを作るマルチスペクトルセンサに比べ、ハイパースペクトルセンサで用いる分光装置は技術的に難易度が高く、装置は大がかりになります。
観測装置が大がかりになると、それを載せる衛星自体も一般的な光学センサと比べて大きくなるため、プロジェクト全体が大規模・高額となります。
その結果、ハイパースペクトルセンサの開発はこれまで政府主導で実施されてきているケースが多く、市場に出回っているデータの量は十分とは言い難いのが現状です。
・データの取り扱いが難しい
市場にデータが十分に出回っていないため、通常の光学センサ以上に、データの取り扱いについての情報が少ないという点にも注意が必要です。
波長の数が膨大なため、自分がみたいモノに対してどの波長を使うのが適切なのか、明確な指針が存在しない部分もあり、ハイパースペクトルデータの活用はいまだ研究段階とも言えます。
(3)利用用途
ここまでハイパースペクトルセンサの概要についてご紹介してきました。
ここからはすでにハイパースペクトルセンサのデータが使われている事例についていくつかご紹介をしていきたいと思います。
鉱物探査
鉱物資源探査は、現地での地表面調査が欠かせませんが、その現地調査の効率を上げるために、衛星データを用いて有望なエリアの絞り込みが行われています。
衛星から直接金や銅を観測することはできませんが、金や銅がある場所周辺によく存在する鉱物の種類や分布の特徴を衛星データで調べることで間接的にエリアの絞り込みを行っています。
実際に鉱業関係の企業は、衛星データを鉱区取得の際の土地の評価や、有望なエリアの絞り込みに、日本のマルチスペクトルセンサである「ASTER(あすたー)」というセンサのデータを今でも使っています。
従来はマルチスペクトルセンサで探索が行われていましたが、ハイパースペクトルセンサを用いることで、マルチスペクトルセンサでは分からなかった同じ鉱物内の結晶の大きさや密度の差まで認識できることが研究で分かってきており、探査場所の候補の絞りこみがさらに効率的に行えるようになることが期待されています。
石油探鉱候補地探し
海域における石油探鉱を探す際に、海底油田からの漏れ出る油が海表面に広がることを手掛かりに探していく手法があります。海は広域なため衛星を使って、広く海表面を調査することで、効率的に海底油田を探すことができます。
これまでは、衛星データの中でもSAR(合成開口レーダー)と呼ばれるデータを使って、電波の反射の仕方の違いから、海表面に広がる油膜を検出していました。
ハイパースペクトルデータを使うと、より詳細な油膜の情報を得ることができ、漏れ出している点はどこなのかということや、自然発生で発生しているのか、船舶の事故などで人工的に油膜が発生しているのかを識別することができます。
牧草地の生産性評価
マルチスペクトルセンサでも樹種や草種の分類は行われていますが、ハイパースペクトルセンサを用いることで、さらに精度高く、細かい種類まで植物の分類を行うことができます。
(4)代表的なセンサ
続いて、世界各国の政府機関が保有する代表的なハイパースペクトルセンサを紹介します。
衛星に搭載するハイパースペクトルセンサは世界各国で開発が行われており、近年打ち上げられたものがいくつかあります。
日本では「HISUI(ひすい)」と呼ばれるセンサが開発・打上げられ、現在国際宇宙ステーションに設置され運用されています。「HISUI」については次の記事で詳しく触れることにして、この章ではそれ以外の代表的なセンサについて、ご紹介します。
まずは、世界各国の宇宙機関が開発するハイパースペクトルセンサです。
Hyperion(アメリカ)
Hyperionはアメリカの地球観測衛星Earth Observing-1 (EO-1) に搭載され、2000年に打ち上げられた、衛星搭載のハイパースペクトルセンサの草分け的存在です。
もともとは1年間の技術実証を目的として運用されましたが、その後2017年まで運用が継続され、アマゾンの熱帯雨林からアラスカのツンドラまで、植物が大気中から取り込んだ炭素の量を追跡したり、古い銅鉱山の探索、北極圏で微生物が存在することの確認、火山の監視などの用途で利用されました。
EnMAP(ドイツ)
EnMAP(Environmental Mapping and Analysis Program)は、ハイパースペクトルセンサを搭載するドイツの地球観測衛星です。
農業や林業、生態系の解明や地質・土壌、沿岸・内陸水域、雪氷圏などの分野で貴重な情報を提供する予定です。
衛星は2022年4月に打ち上げられ、5月には初期画像が公開されています。
本格的なデータ公開はまだですが、オープンフリーのGISソフトウェアであるQGISのプラグインとして、解析ツール「EnMAP-Box」がすでに公開されており、打ち上げ前にアプリケーション開発を支援するための、航空機で撮影したデータやシミュレーションデータが公開されているなど、データ利用に対して積極的に準備をされている印象です。
PRISMA(イタリア)
PRISMAはイタリア宇宙機関が開発し、2019年5月に打ち上げられ、運用が行われているハイパースペクトルセンサです。パンクロ(白黒)のセンサも合わせて搭載されています。
白黒の解像度の高いセンサと合わせて、ハイパースペクトルセンサの撮影を行うことで、一般の画像として得ることができる幾何的な情報と、ハイパースペクトルセンサが得意とする波長毎の情報を組み合わせることができます。
これにより、環境モニタリングや資源管理、作物分類、汚染防止などのアプリケーションに利用することができると期待されています。
Gaofen 5(02)(中国)
中国でも、地球観測衛星シリーズの5号機、Gaofen 5という衛星にAdvanced Hyperspectral Imager (AHSI)というハイパースペクトルセンサが搭載されています。
1号機が2018年、2号機が2021年に打ち上げられており、論文で研究成果も発表されているようです。
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これまでは、大型で技術的にも難しかったハイパースペクトルセンサですが、観測する波長の数や波長の範囲は大型衛星よりは少ないものの、NEW SPACEでも開発を行っている企業が出始めています。
Satellogic(アルゼンチン)
Satellogicは38.5kgの小さな人工衛星を数多く打ち上げることで、観測頻度を高めようとしているアルゼンチンの民間企業です。2021年現在17機の衛星を運用中であり、2023年には111機を打ち上げ、毎週全世界を撮影するコンステレーションを構築する計画です。
人工衛星には、0.7m解像度の高解像度カメラの他に、29バンドのハイパースペクトルセンサを搭載しています。政府系のハイパースペクトルセンサに比べるとバンド数は少なく、赤外領域はカバーしていませんが、このセンサを利用することで、土地や水の分類、作物や土壌、エアロゾルや排水などの化学的な分析を行えるとしています。
Pixxel(インド)
Pixxelはインドのハイパースペクトルセンサの開発を進める企業です。2022年4月に初号機TD-2をSpaceXのロケットで打ち上げました。。
2023年中頃までに30機の衛星を打ち上げ予定です。センサは南アフリカのDragonfly Aerospace社が開発しています。
商用ハイパースペクトルセンサとしては最高の5mの解像度のハイパースペクトルセンサを目指しています。観測したデータは、農業や環境、都市計画、エネルギーや採掘などに役立てられるとしています。
商用衛星データプロバイダ大手のMaxar社から短波長赤外(SWIR)の領域でアドバイスを得たり、NASA ジェット推進研究所(JPL)からハイパースペクトルセンサ画像のアドバイスを得るなど、扱いが難しいハイパースペクトルセンサの技術的なパートナーシップも積極的に結んでいるようです。
Pixxel社が最終的に目指すのは宇宙空間での資源探査であり、そのためにまずは地球用のハイパースペクトルセンサの開発を行っています。同様の取り組みは、過去にDeep Space Industries社やPlanetary Resources社も行っていましたが、いずれも事業の変更や停止をしており、同社が実現できるか注目です。
参考:
Pixxel raises seed round for hyperspectral satellites
https://spacenews.com/pixxel-raises-seed-round-for-hyperspectral-satellites/
Kuva Space(フィンランド)
Kuva Spaceは、フィンランドに拠点を置くスタートアップで、6Uサイズ(10cm×20cm×30cm)のキューブサットにハイパースペクトルセンサを搭載する計画です。
第一世代は可視近赤外範囲(400-1,100nm)が観測範囲ですが、第二世代では観測波長を大幅に拡張させ2,500nmと短波長赤外の領域まで観測予定です。
また、同社のセンサの波長位置や幅は軌道上でソフトウェアにより調整が可能としており、観測したい対象に対してより柔軟に対応が可能となります。
同社は、世界の「グリーンデータ」のデータソースになることをゴールに掲げており、生物多様性や、生態系の保護、持続可能な農業などに役立てられる予定です。
Zhuhai Orbita Aerospace(中国)
中国では民間企業で、ハイパースペクトルセンサを搭載した小型衛星(67kg)の衛星コンステレーションの計画が進んでいます。10機がすでに打ち上げられ、運用が行われています。オンラインでアーカイブデータや観測計画を検索することができます。
https://www.obtdata.com/en/standard.html
同社はデータの利用用途として、農業や林業、水監視(海洋や漁業)、生態系監視などを挙げています。
NorthStar Earth & Space(カナダ)
NorthStar Earth & Space社は、元々、ハイパースペクトルセンサと宇宙状況監視(SSA)のデュアルユースの衛星を計画していましたが、2020年にそれぞれを別の衛星システムで構築することを計画しています。
同社は、まずはSSA向けの衛星群の構築を行うことに力を入れており、当初予定していたハイパースペクトルセンサを搭載した40機の衛星コンステ―レーションの構築は、2025年以降になる予定です。
しかし、航空機に搭載したハイパースペクトルセンサを用いて、カナダ政府と共同で海洋や湾岸監視を行うプロジェクトを行うなど、利用に向けた準備を進めています。
参考:
NorthStar developing prototype Earth observation system for marine and coastal tracking
https://spacenews.com/northstar-developing-prototype-earth-observation-system-for-marine-and-coastal-tracking/
RISING-2(日本/東北大学・北海道大学)
日本では、2014年に打ち上げられた雷神2という超小型衛星に、ハイパースペクトルセンサが搭載されています。
分光プリズムではなく、液晶波長可変フィルターを用いることにより、小型化と同時に多波長化を実現しています。
大型の政府系センサと小型の民間系センサの住み分け
今後、大型の政府系センサと、民間系の小型センサは、補完関係になっていくものと考えられています。
大型で観測範囲の広い政府系センサは全球をくまなく撮影し、民間系のセンサでは、観測頻度を高めて特定の地域を多く撮影していくものと予想されます。
また、ハイパースペクトルセンサは、非常に波長を細かく区切って測定を行うため、入ってくる光の総量が小さく、繊細なセンサと言えます。そのため、正しく値が捉えられているかを確認するセンサの校正がとても大切です。政府系の大型センサを基準(正解データ)にして、小型の民間のセンサが同じ値が出ているかを確認する校正を行うなどといった活用がされるでしょう。
どちらかが生き残るのではなく、政府系のハイスペックなセンサと民間の多くのセンサでよりハイパースペクトルデータの利用は広まっていくことが期待されます。
(5)日本のハイパースペクトルセンサHISUI
本章では、世界各国で開発されているハイパースペクトルセンサについてご紹介しました。
2022年10月12日に、日本のハイパースペクトルデータとしてTellusからデータ公開されたのが「HISUI(ひすい)」というセンサです。
HISUIは2019年12月に打ち上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されているハイパースペクトルセンサです。2020年9月より画像の取得を行っています。
可視光から短波長赤外域まで、185個のバンドで全球規模の観測を行っています。解像度は20m×31mです。
ハイパースペクトルセンサでは、細かい波長に分けたわずかな光を捉えるため、データの質を表すSNR(Signal Noise Ratio:信号雑音比)が非常に重要になってきますが、HISUIは、鉱物資源に特化した波長域でこのSNRが比較的高いことが強みと言えます。
後編では、日本の政府系ハイパースペクトルセンサHISUIについて、Tellusでのアクセス方法と合わせて詳しくお伝えしていきます!