宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

環境問題にデザインからアプローチ! COP29で展示される「GOSAT(いぶき)」の温室効果ガス濃度3D可視化プロジェクトはなぜ立ち上がったか【環境省×バスキュール×Tellusの3者インタビュー】

2024年11月11日から開催される「COP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)」や、2025年に開催される大阪万博でも展示される、GOSATのデータを活用したプロジェクトについて、開発に関わる環境省、バスキュール、Tellusのそれぞれの担当者にお話をうかがいました。

刻一刻と進む地球温暖化。2021年に公表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書」によると、1850〜1900年を基準とした世界平均気温は2011〜2020年に1.1℃も上昇しています。

2024年10月にイタリア・ミラノで開催された国際宇宙会議「IAC 2024」では、宇宙飛行士・野口聡一さんが「宇宙はまだ美しいが、最初の宇宙飛行と比較して徐々に極地の氷河が溶けていることが明確に見えている。これは危険な兆候であり、私たちは地球規模の沸騰状態にある」とコメントしました。宇宙から見ても、地球環境の悪化トレンドは明白です。

化石燃料の使用や森林の減少など、人間の活動がこれらの温暖化を引き起こしたことは疑いようのない事実。気候変動はもはや他人事ではありません。それぞれが自分ごとにして環境問題に取り組むことが、持続可能な未来を作るための第一歩になります。

そのような背景から、気候変動をより多くの方に身近に感じてもらえるよう立ち上がったのが、地球観測衛星「GOSAT(いぶき)」の温室効果ガス濃度3D可視化する「GOSAT 3D Visualizer Prjoject」です。

こちらはGOSATが収集する温室効果ガス(CO2、メタンガス)濃度のデータを、Tellus を通じて取得し、株式会社バスキュールが3Dデータに加工・可視化するというもの。

観測日ごとに取得したデータについて、どの地域がどれだけの温室効果ガスを出しているのかをコントローラで動かして直感的に、地球全球の3D映像を通して把握することができます。

また、2024年11月11日からアゼルバイジャン共和国で開催される「COP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)」のジャパン・パビリオンや、2025年に開催される大阪万博でも展示を行います。

このプロジェクトはどのように立ち上がったのか。また、データをデザインで可視化することによって目指すものとは?

プロジェクトの立ち上げと開発に関わった、環境省気候変動観測研究戦略室 室長 岡野祥平さん、株式会社バスキュール ​ 代表取締役社長 朴正義さん、同じく株式会社バスキュールで今回のプロジェクト開発をメインで担当された岩渕智幸さん、株式会社Tellus 代表取締役社長 山﨑秀人さんの4名にお話をうかがいました。

左からバスキュールの岩渕さん、朴さん、環境省の岡野さん、Tellusの山﨑さん

(1)「今が止められるチャンス」気候変動の今に気づくきっかけを作る衛星データのビジュアル化

――今回のプロジェクトはどのようにして立ち上がったのでしょうか?

山﨑:今回、環境省からGOSATデータのビジネスなど新規領域での利用促進をご相談いただき、衛星データプラットフォーム「Tellus」の活用を提案し、バスキュールとともに進めました。

僕たちはインフラとクラウドを使って衛星データのAPI化を進めていますが、そのデータをどのように活用してもらうかが課題でした。衛星データの強みはグローバルに観測できることであり、国境を越えて地球の変化を把握できます。そして蓄積した過去のアーカイブも使えるので、過去と現在の比較も容易です。

今回のようにGOSATのデータをAPI化することで、Web系のエンジニアや一般の人でもデータの取得が容易になり、企業の広報などへの利用も期待できます。今回のプロジェクトは温室効果ガスという人類の共通課題について、より多くの方に理解いただくことが出来る取り組みです。また、僕は宇宙事業に20年以上関わっていますが、その経験の中でもかなりユニークなプロジェクトだと思います。

――バスキュールさまにうかがいます。今回のプロジェクトにに関わってみていかがでしたか。何か印象的だったことがあれば教えてください。

:温室効果ガス濃度のデータをビジュアル化してまず感じたのは“地球がどんどん危機的な状況になっている”ということです。ガス濃度が高いと赤くマッピングされるのですが、全体的にすごく真っ赤になっていて衝撃を受けました。

:その後、冷静に数値を見たらまだそこまで深刻な状況ではなく「今が止められるチャンスなんだな」と感じました。私自身、地球環境への認識を改めましたし、そういう点でも今回のプロジェクトは地球に暮らす我々に大きなインパクトを与えるものになったと思います。

岩渕:エンジニアとしてデータをビジュアライズ化していく過程でも、地球環境に非常に危機感を持ちました。GOSATが観測した日のデータを順番にマッピングしていったのですが、右肩上がりに温室効果ガス濃度が上昇していることがわかりました。プロジェクトではアニメーション的に推移を見ることができるようにしています。

――環境省にとって、今回のプロジェクトはどのような意義があるものだと考えていますか?

岡野:温室効果ガスは一旦放出されると世界中に拡散しますので、一国の削減が世界中に影響を与えてしまうことが大きな特徴になります。そのため、世界中で歩調を合わせて、温室効果ガス削減目標に向けて努力していくことが肝心です。11月11日から開催される「COP29」は各国に向けて唯一法的に拘束力のある取り決めを交わすことができる場です。

また、「透明性」と呼んでいますが、各国がどれだけ温室効果ガスを排出しているか、みんなで進捗状況を追跡する仕組みも用意されています。各国の排出量を視覚的に表現してくれる本プロジェクトは、パリ協定の理念を、直観的に分かりやすく伝えるものであり、今COPでお披露目するにふさわしいものと感じています。

岡野:また、本プロジェクトの立ち上げ前から、世界の温室効果ガス排出の現状や気候科学の成果をわかりやすく伝え、より自分ごととして捉えてもらえる方法はないかと日頃から思っていました。

今までは、科学者や国家行政をターゲットとしてきましたが、GOSATで、より小さいスケールでの観測(解像度が上がり、より詳細な観測)が可能になろうとしている状況で、地域や企業に対してデータの利活用について発信したいという思いも持っていたので、このプロジェクトはまさにその思いを実現してくれました。

――今回のプロジェクトは、普段意識することの少ない環境問題を、デザインの力で可視化して多くの人がカジュアルに触れられるようになったところが秀逸だと感じます。

:地球が危機に直面する中で、単純に「データを見てください」と押し付けるだけでは人々の理解は得にくいでしょう。そのため、体験したうえで気づきを促すインターフェースや体験設計が大事だと思いました。

:そこで今回は3Dディスプレイを活用し、目の前に小さな地球を浮かべてぐるぐる回すことができるようなメディア体験を提供しました。 また、GOSATの位置もビジュアルで示し、地球上空のどの辺りを飛行しているかを伝え、地球観測という行為に思いを馳せてもらうえるようデザインにもこだわっています。

平面の図だと興味がわかない人でも、こうして地球を模したトラックボール型コントローラでを動かすことで「地球ってこうなってるんだ」と触ったときに楽しさを感じてもらえるよう工夫しました。

赤いコントローラーで地球を回転させることができ、上二つの左右のボタンが見たいデータの選択、下二つの左右のボタンで見たい地域の選択ができます

――確かにコントローラもおもしろいですね。まるで自分が地球の支配者になったような感覚で、自分ごととして捉えやすくなります。

岩渕:3Dの空間再現ディスプレイを使っていたので、空間に手をかざすだけで地球が回るようにする方法も試していましたが、やはりこちらのコントローラのほうがいいなと判断しました。

岩渕:手をかざして動く様子は迫力があるのですが、操作方法を覚える手間があり、そこで離脱する人がいないとも限りません。このコントローラなら年齢も言語も関係なく、誰でもユニバーサルに触れることができます。そうした入口となる体験設計にもこだわりました。

(2)行動変容のためには「当事者意識を持って理解してもらうこと」が大切

――今回の取り組みは多くの人に気候変動の現状を知ってもらううえで大きな意味を持つと思います。これまで環境問題を一般に周知させるうえで課題だったところは何でしょうか。

岡野:気候変動や環境問題は地球上に暮らす誰しもが関わっているのですが、そのことを当事者意識を持って理解してもらうことが何よりも難しいところでした。

気候や温室効果ガス濃度は、夏の暑さも秋になれば忘れてしまうように、1年の間でも大きく変動します。そのため、ちょっとずつ上がっていることに気づきにくいということが問題です。10年、20年経って「昔と比べて高いね」などそういったスパンの振り返りでは、現在喫緊の課題である気候変動問題への対策が難しくなります。人間が生きる時間の中でちゃんと変化を認識してもらって、今どのような状況かがひと目でわかるようになる、そんな今回のプロジェクトはデザインによる新たな環境問題へのアプローチだと思いました。我々が足りていなかった部分ですね。

国が人々の温室効果ガス削減の制度や目標を決めていくフェーズから、排出している人々がどうやって自主的に改善していけるかというフェーズに移ってきています。今回のプロジェクトのように一般の人々に広く認知してもらうきっかけを作り、トップダウンではなく、いわゆるボトムアップで行動変容を呼びかけるのが重要になってくるのではないかと感じますね。

――今回、衛星データを触ってみて、大変だったことはありましたか?岩渕さん、教えてください。

岩渕:弊社はこれまでも宇宙に関わるエンターテイメントを手がけてきたので知見はあるのですが、これから一般の方や企業が衛星データに関わるにあたって、もう少しデータの使い方がわかりやすくなるといいなと感じました。

たとえば今回のプロジェクトを設計するときは「TIFF」という拡張子のデータを使ったのですが、データを開くためにも専用のツールを使わなければならずかなり大変でした。

もちろんそういった規格でなくてはいけない理由も重々承知していますが、これから衛星データの利活用を促進していくためにはそのあたりのケアも必要だと現場のエンジニアとして感じました。今よりわかりやすい規格設計や、衛星データを使うときの手引きといったものがあればデータにさらに触れやすくなると思います。

――そこを伝えていくのは宙畑の役割でもあると痛感しました。プラットフォーム側として、山﨑さんはデータの活用についてどのように考えていますか。

山﨑:我々は気候変動に関心のある大企業やテックベンチャーなど、ビジネスでも使ってもらうことを目指してTellusを運営しているので、岩渕さんの話はすごく重要な視点だなと思いました。

そのうえで、GOSAT以外のデータも使いやすい形にして組み合わせていくことも大切だと思います。気象や海面水温、地表面温度などGCOM系のデータと合わせてもおもしろいと思いますね。そうして衛星データがひとつのデータソースになって社会に飛び込んでインフラになると、「次の衛星も必要だ」という流れになるはずです。こうした観点でも地道にプラットフォームとして汗をかいていこうと思います。

(3)「デザインの力」を宇宙事業に関わる人全員が感じるべき

――今後、このようなデータのビジュアライズが教育機関などとコラボするとさらなる発展が期待できそうですね。

:僕たちは一般の人をどのようにあっと言わせるかを考えて取り組んでいるので、今後のことを考えるとわくわくしますね。たとえば実際の映像にデータをビジュアル化して組み合わせたり、街をジャックして環境問題を伝えるイベントを仕掛けたりするとさらに強烈なメディア体験が生まれるのではないかと考えています。衛星が取得した映像に、関連情報をAR表示する技術特許を自社で持っているので、それを活かした展開にトライしたいです。

:バスキュールでは宇宙に限らず、位置情報や視聴データ、購買データ、ドライブデータ、 プロ野球選手のパフォーマンスデータなど、さまざまな業界のデータを「DATA-TAIMENT」という考え方で、誰もが楽しめるような体験に変換するアプローチをしています。 こうした他業界で鍛えられたやり方を宇宙に適用するというのが、今宇宙業界に必要なアプローチなのではないかという仮説をもって取り組んでいます。僕から見たら正直、宇宙分野のデザインはまだ本気度が足りないと感じています。だからこそチャンスだと思っていて、今回の知見をどのように活かしていくか考えています。

――環境省として、今回のようなGOSATデータを活用したプロジェクトに今後どのような期待を持っていますか。

岡野:データ活用は国内外の政策を前進させるために重要です。GOSATの利活用先を拡大すればするほど、地域やあらゆる企業セクターにおいて、温室効果ガスの排出量が可視化されることになります。それにより、削減効率が高いところで排出削減活動が市場ベースで進められるようになることを期待しています。

現在着手しているプロジェクトですが、将来的にはGOSATを用いた推計手法をガイドラインなどで国際標準化し、各国がGOSATを用いて自国の算定した排出量を検証してから、国連に報告するような世の中にできればいいなと思います。パリ協定が目指す進捗状況の追跡をより客観的、科学的に実施できるようになるはずです。

――プラットフォーマーとして、デザインの力でデータの利活用を推進する点についてTellusはどのように考えているか教えてください。

山﨑:「デザインの力」はこれからのデータ利活用の大きなカギになると考えています。我々がデータを2Dで見せることはできても、今回のように3Dでデータをデザインするノウハウはありませんでしたので、バスキュールさんのお力をお借りしました。今までより多くの人にデータの重要性を伝えるにあたって、今回のデザインの視点が今後の情報発信で必要になってくると思います。

朴さんの話にもあったように、「デザインの力」を宇宙事業に関わる人はもう少し感じたほうがいいのではないかなと感じました。端的にわかりやすいのはイーロン・マスク氏が立ち上げた民間宇宙企業「スペースX」の宇宙服ですよね。かつてNASAやJAXAが開発したプロダクト比較しても、明らかにデザインを意識していて、一般の人々が見ても、ワクワク感があったのではないでしょうか。

一般的に公的機関は、そういった体験をデザインすることは得意ではないと思うので、今後バスキュールさんのような民間企業とタッグを組むことでさらに一般への浸透が進むと思います。

――最後に、今後の展望についてひとことお願いします。

岡野:GOSATのデータを用いた学術論文は現在約700件と年々増加しており、気候科学界からの期待が高まっていると感じています。こうした知見を活かし、地域や企業単位での削減努力成果をGOSATにより定量化・可視化することで、実効性の高い取り組みの信頼度を高めていければ。有効な活動をしている方々に活動資金が集まるような経済環境も整備できればと考えています。

これからGOSAT-GWの打ち上げも予定されており、さらに高精度なデータの活用も可能となります。4号機の検討も宇宙基本計画工程表に基づき、まずは技術的な検討を進めているところです。GOSATシリーズの今後に期待いただきたいですね。

:宇宙の魅力は予備知識がなくても、誰もが平等に楽しめることだと思います。 ネットの影響で、それぞれが自分の好きな世界に入って見たいものしか見ない人が増えてしまっている時代に、知識がなくとも安心してみんなで共有し、つながることができるエンターテイメントはとても大切です。

そして、その役割を担えるのは宇宙のエンターテイメントだと信じています。実際に、日食や月食、スーパームーン、流星群がSNSでトレンドに上がってくるのは、安心して共有できることだからだと思います。これからも世界中の億単位の人々と宇宙や地球への想いを共有できるようなエンターテイメントをつくれたら幸せです。

山﨑:繰り返しになりますが、衛星データの特徴のひとつにグローバルに観測できるため、地球規模の課題に対して「気づき」を得ることができることだと思います。気候変動のような国際的な問題に対応できるよう、データを整備したうえ、より多くの方に興味を持ってもらえるようなプロダクトや「見せ方」を追求していきます。今回の「COP29」でプロダクトが展示されることをとてもうれしく感じています。

今後はTellusを使えばこんなことができるんだということをより多くの方に知ってもらいたいですね。利用範囲は「科学からアートまで」。日本国内だけではなく、全世界で利用 されるシステムを構築し、その情報基盤の一部をTellusが担えればいいなと思っております。